ぷちトラvol.11唐津くんち特集「ぷちトラ流 唐津くんちの曳山鑑賞法」 2010年11月発行
神輿の守護としてつき従うのだから勇ましい武将の兜を、ということになった呉服町は、日本人の判官びいきもあって、題材に源義経を選んだ。実は14台の曳山のうち兜は全部で4台もあり、一般の見物客にはどれがどれだか判別がつきにくいところが、ちょっと損をしていると思う。 ただ、この「源義経の兜」に関していえば、そのつくりの精巧さでほかの3台とはきっちりと差をつけている。というのも、この曳山が製作された天保15年当時、町内には甲冑を修理する具足屋があり、ここの主人が曳山づくりに並々ならぬ情熱を傾けたから、なのだそうだ。つまり、プロ監修の本格派ということで、「源義経の兜」は細かいつくりまでとくとご覧あれ!
十二番曳山、京町の「珠取獅子」は、2年前に黒っぽい緑から、鮮やかな緑に塗り替えられて、まるで“別人”に生まれ変わった。 「いや、もともとは緑だったとです。それが最初の塗り替えで朱になり、その後また緑に塗り替えられたとばってん、色あせて薄くなった教訓から、次は濃い緑に塗り替えたら、今度は暗すぎて。それで、本来の鮮やかな松の緑に戻そうということで…」とは、当時京町曳山の運行責任者(正取締)だった吉冨寛さんの談。 塗り替えに際してはいつも町内で喧々諤々。2年前の塗り替えの時も、朱獅子の時代を懐かしむ先輩たちの意見も聞きながら、最終的には曳山がつくられた明治8年当時の姿に戻すことで色論争が決着した。 幾多の変遷を経て晴れて鮮やかな緑色に戻った「珠取獅子」だが、今度は中町の「青獅子」とうりふたつ、という問題が…。と思ったのは素人の早とちりで、両者には決定的な違いがあった。正面から見ると、確かに似ているのだが、「珠取獅子」の横に回ってみるとあっと驚く。獅子が珠の上に乗っているではないか。 「珠取獅子というのは置物でもよくあるけど、宝ん珠ば4本脚でがっちりとつかんどる姿はなかなかなかですもんね」 さらに付け加えると、京町の「珠取獅子」は、後姿がキュート!ともっぱらの評判だ。これはぜひ、自分の目で確かめていただきたい。
vol.13 index 1 2 3 4